雨降って霧晴れる

22日の夕方、病院に呼ばれた。
前夜から父の容体が悪化し、呼吸困難に
なっていると言われた。
手術後の調子が良くないのが気になって
いたが、あまりの事に言葉が出なかった。


何とか絞り出す。
「申し訳ないですが、他の病院の、内科
専門の方に一度診て頂けませんか?」


この病院には常駐の内科医がいない。
父の症状はもう何度も経験してきた誤嚥
肺炎によく似ていたが、病院の対応が
いつもとなんか違う。
お世話になっているし良い病院なのだが、
やはり専門医に診てもらいたい。なので
心を鬼にしてそうお願いした。


幸いすぐに聞き入れてくれて、先生が
確認しますと仰ってくれた。少しホッと
して帰ったのだが、翌日の午前中に再び
病院から電話が。至急来て欲しいとの事。
実験を中断して、休みをもらい、タクシー
に乗り込む。それまでの1分1秒が、
とてつもなく長く感じた。


病院に着いて医師の説明を聞く。酸素の
供給量を最大にしても呼吸が改善しない、
長い間食事も出来てない、このままでは
いつ急変するか分からない、と。
さらに人工呼吸器、という単語が出てきた。
この病院では設備が無いので転院して人口
呼吸器を、と。


一番考えたくない選択だ。
4年前の夏を思い出した。誤嚥性肺炎が
悪化して医師から人工呼吸器を付けるか
否か、毎日決断を迫られたのだ。


転院するにしても今はPCR検査を受ける
必要がある。昨日2回目の検査をして、
午後3時半頃結果が出るので、それまでに
転院するかどうか決めてくれと言われた。


母と二人、空いた病室で待機するが、
結論が出ない。何時間も考え込む。
本当に諦めなければならないのか?
他に手は無いのか?今度こそ駄目なのか?


納得できない。父の顔を見ていると
死に近い所まで衰弱している人の顔とは
思えないからだ。間違いなく生きている。
それも力強く。諦めるにはまだ早い。


ケアマネージャーの方にも相談して、
何とか考えをまとめて、こう伝えた。
「転院をお願いするが、まず専門の方に
再度イチから診てもらいたい。その結果
人工呼吸器が必要ならば説明してもらい、
そこで判断する」


PCR検査の結果は幸いにも陰性で、直ちに
転院が決まった。救急車で搬送する。
救急車に乗るのは3度目だ。いつ乗っても
不安で一杯になる。病院に着く前に容体が
急変しませんように、車が道をあけてくれ
ますように、と祈り続ける。


実家から近い所にある最新の病院に入り、
診察が始まった。1時間もしないうちに
医師に呼ばれて、こう言われた。
「もう大丈夫です。人工呼吸器も必要
ありません」


呼吸困難の原因が判明したので処置した
ところ、回復しました。
肺炎の症状に関しては今このような処置
をしています。心配ありません。
手術箇所がズレてしまったので元の病院で
再手術が必要なそうですが、先方には
こちらから、肺炎が悪化しない為の処置を
説明し、薬も処方します、と若い医師が
穏やかに分かりやすく教えてくれた。


この時の心境をどう説明すれば良いだろう。
ずっと望んでいた、最高の回答であった。
医師に何度も何度も頭を下げた。
医師だけじゃない。誰かが助けてくれたのだ。
心の中で、目に見えぬ色んな方に頭を下げた。
本当に、本当にありがとうございます。


その後父に会う。よし、大丈夫だ。
意識がはっきりしている。父が帰ってきた。
この2週間、僕と母にまとわりついていた
重くて冷たい霧が、ようやく晴れた。


さ、飯でも食って帰ろうかと思った瞬間、
腰痛が再発する。忘れてた。いだだだだ。
いかんいかん。ビール飲んで早く寝るか
(飲むなよ)。