元気があれば

いやはや、忙しい。
こういう時はあまり文章を書かない
方がいい。愚痴ばっかりになるから。
そうじゃなくても最近そういう話が
多くて、後から読むと「ひゃー」と
なるのである。


かと言って書かないままだとそれは
それで問題がありまして。
「更新してないなあ。なにか書きたい
なあ」と考えつつ暮らしていると、
強烈な出来事が起きたり溜めに溜め
込んだものが飽和状態に達した時に
それが一気に噴き出てしまう。
結果ますます重く、うざったくなる
のだ。いかんなあ。


でもまあ最近は割と健全な状態と
言いますか。忙しい忙しいと言ってる
けれど、100%自分の意思で仕事を
詰め込んでいるので大したことは無い。
実験もスキッと上手く行くことは無くて
いまいち達成感が無いけれど、それでも
心折れずにしつこくやっている。
多分、もうじき終わりだからだろうな。


あとは、働く気力を取り戻した気がする。
去年は本当にその気力が無くて、
「宝くじ当たらないかなあ」なんて
事ばかり考えていた。
「来年また仕事を探すのかあ。もう
働きたくねえなあ」なんて。


それですごく不安になった。
この先まともに生きていけるのだろうかと。
全て自分次第なんだけど。
だから「悪く老いたな」なんて書いて
いたのである。あぶねえ。


次の仕事は決まってないし、客観的に
見たら何も進んでいないけれど、
元気だからいいか。バカみたいだけど。

緒が切れた

16日から4日間休んでいた。


初日は確定申告。出来るだけ早く
還付金が欲しかったので、この日に
出さなければならなかった。
無事提出して、その後念願の、いや
悲願のハローワークへ。


そうそう良い仕事がある訳じゃない。
と言うか、無い。
ひとつ気になったのがあったけど
締切が近いし、どうしたものか。
迷っているうちに日が暮れた。


翌朝から3日間横浜と東京へ。
色々用事があったのだが、合間に
幾つか展示を観たり人と会って
話したりした。
なんか、元気が出た。


だいぶ慣れたし「勝手に言ってろ」とは
思うけれど、話が通じない人達の中で
暮らしているとやはりイライラしたり
自信を無くしたりする。
そういう時に理解してくれる人達に
会うと本当に救われる。


この3日間の話を楽しく書きたかった
けれど、朝から晩まで予定が詰まって
いて書けなかった。
今から書いてもなんか違うしなあ。


そんな訳で今日から平常営業である。
報告会がありまして。
いい加減収束するかと思ったらまた
仕事が、信じられないくらい増えた。
多分、これから1ヶ月無休でやっても
終わらない量だ。
呆れて言葉が出なかった。
「まとめ」とか「区切り」とか、
全く考えてないらしい。


無理だと言っても理解されないだろう
から、必ずやらなきゃならない仕事
以外は飛ばすことにした。
それだけでもかなりあるけど、
もう、いいよな。

焦りなさんな

3連休だけど無休。仕事してました。


いつも通り、朝6時か7時に大学に
行って、午前中いっぱい作業していた。
「半日だから大したことないか」と
思っていたが、今朝は自分でもはっきり
分かるくらい疲れていた。


3月いっぱいで終わりだから、さっさと
仕事を片付けたかったのである。
用事があって16日から4日間休むので、
この3連休はまあ無くてもいいかと。
でも疲れました。


今やってる実験は一度スタートすると
4日間休めない。やっていくうちに
どんどんチェックポイントが増えてきて、
中断できる所が無くなってしまったのだ。
しかも使う機器が重複する上に使用条件が
異なるので、複数の実験を並行して
進めることもできない。だから進まない。


で、3日間やってきたのですが。
なんかスッキリしねえ。
「よし、これは上手く行った!」と
いうのが一つも無かった。
段々良くなってはいるけれど、ひとつ
クリアするとまた別の問題が出てくる。
あーめんどくせえ。
早く縁を切りてえ。


家に帰ってすぐ寝る。
昨日も午後はずっと寝ていた。
明日からまた仕事か。
きついけど、絶対に終わらせてやる!
ここから抜け出すんだ!


……この気合いがずっと裏目に出ている
気も、少しするけどね。

しょうがねえなあ

先月末のこと。4月以降について教授から
話があった。


プロジェクトは3月で終わるが、共同研究
を継続したいという企業がいくつかある。
でも研究費が無い。
そこで我々に時給制、週30時間勤務で
残ってもらえないか、という話だった。
期間は1年間。サンプルを作って企業に
評価してもらうので、今後はそちらとの
やり取りが増えるそうだ。


提示された時給だと月額では今の6割以下。
残業代も無し。ならば他の仕事と掛け持ち
で、とも考えたがそもそも週30時間で
仕事が終われる訳が無い。
今だって毎日残業してるのに。


かと言って「30時間分の成果で構わないよ」
とは絶対にならない筈だ。それどころか
「なんで出来ないんだ」と言われるに
違いない。企業に評価してもらう、という
のもあるけど何よりうちの親方がね。
現場見てないし話を全く聞かないし方針が
コロコロ変わるから。こないだもまた
新しい、やった事の無い仕事を持ってきたし。
「学生にやらせる」とか言ってたのに。


更に大学には、契約職員は原則5年までと
いう規則がある。6年目の契約が成立すれば
終身雇用の申請ができるけれど、それが
できない仕組みになっている。
いま僕は4年目なので、どうあがいても
来年末で終わりだ。
その後大学で他に仕事の口があっても、
僕が採用される事は無い。


すぐに「論外だな」と思ったが、その場で
返事はしなかった。
56歳で一から仕事を探すのは、やはり
勇気が要る。極力リスクが少ない方を、
と考えてしまうのだ。


1週間後、一緒に働いている方に聞いた。
「あの話、どうします?」
その方は60歳を過ぎていて、この年齢だと
なかなか仕事が無いからということで
継続する事にしたそうだ。
その話を聞いて決心がついた。
ちょうど教授から返事の催促があったので、
断りの連絡を入れた。
「もう、いいです」(そうは言ってないけど)


その瞬間、ここ最近感じたことの無かった
感情が湧き上がってきた。
「ああ、次に行ける!」
腹の底からふつふつと希望が湧いて出る
ような感じ。身体中に力が漲る、あの感覚。
それが帰ってきた!


正直、気づいてはいたのだ。
この1週間「どうしようかねえ」と考えては
いたものの、「また新しい事ができるぞ」と
考えるとただただワクワクしてしまう。
「そっちの方が遥かに楽しいし、僕はそれを
やりたいんだな」と思ったのである。


楽しいだけじゃ生活できないけれど、苦しい
だけでも耐えられない。同僚の話を聞いて
「すごいな」と思ったけれど、僕にはそんな
根性も責任感も無い。それも改めて認識した。
だから断ることにしたのだ。


我ながら「ダメな人間だなあ」と思う。
でも僕はそのダメさを抱えて、覚悟を持って
生きていくのだ(カッコつけんな)。

All Things Must Pass

10代の頃、成人式が大嫌いだった。
着飾ってはしゃいでいる奴らを見ると
反吐が出そうだった。
親の金で着物なんか着てるのに、
「今日から大人でーす」とか馬鹿じゃ
ねえかと思っていた。


なので自分が成人した時も式には
出なかった。親は成人した姿を
見たかったらしいが、頑なに拒否した。
「せめて写真を」と言うので、大学に
入った時に買ってもらった背広を着て、
家の前で写真を撮った。
それすら不本意だったので、今その
写真を見ると随分不機嫌な顔をしている。


当時の事を思い出す度に、「そういう
とこが子供なんだよな」と言いたくなる。
その後何度も何度も繰り返した過ちだ。
両親の気持ちを何も考えてない。
自分の事だけ。式に出たり写真撮ったり
するだけじゃねえか。それで崩れるもの
なんか何も無えよ、と。


でもまあ、それで良かったのだ。
当時の自分に言ってやりたい。
「馬鹿だな。でも、やっといて良かったな」


そんな訳で(どんな訳だ)、本日誕生日です。
56歳になりました。


30代の後半から40代半ばにかけては
とても楽しかった。考え方も落ち着いてきて、
「このまま穏やかに生きていけるかな」
と思っていた。ところが50代に入った途端に
色んな事が崩れて混乱したのである。


20代後半から30代にかけての今思い出しても
情けない、みっともない自分が帰ってきた。
先日、年末最後のブログを数年分読み返して
みたら、毎年自己嫌悪に陥っていた。
なのに「少し良くなってきた」みたいな事を
毎年ほざいていて、思わず笑ってしまった。


半面、確実に老いてきたなと感じる部分も
あって、そこになかなか対応できなかった。
今まで感じたことの無い、とても深くて
先の見えない不安に襲われたのである。


今は少し落ち着いたけれど、
「やっといて良かったな」とはまだ言えない。
でも、そうなればいいなと思っている。
とか言って、今年の年末もまだグダグダ
愚痴っていたりして。やだやだ。

スタート

3連休だった。12日は年休を取った。
平日じゃないとできない手続きが色々
あったのと、そろそろ次の仕事を探さ
なければならないのでハローワーク
行く為だ。


やらなければならない仕事もあったので、
8日は休出した。休出手当が無いのに
出て働いて、代わりに有給休暇を取った
訳で、よく考えるとなんかおかしい。
ま、いいか。


用事が早く終わったので、カメラ片手に
街を歩く。久しぶりに雪が降ったので
街の様子が一変した。平日なので人通りも
少なくて、非常に気持ちが良い。
立ち止まって、周りを見渡して、大きく
息を吐く。「盛岡って良い街だなあ」と
改めて思った。


昼は前から行きたかった蕎麦屋へ。
平日ならば入れるかな、と思ったら結構
混んでいた。とりあえずもりそば、
と思ったら「鴨つけそば」の文字が目に
入る。ダメだ。鴨に弱いのよ俺。
鶴なのに。


美味しかった。ちょっとワイルドな、
食べ応えのある鴨そばだった。
盛岡の蕎麦屋はつゆが甘過ぎる所が
多いけど、ここはそうではなかった。
当たりだ。嬉しい。


家に帰ってからはプリントをやる。
前に撮った写真で気になるものが
100枚位あって、これだけで展示して
みたいなと思ったのだ。
50枚まで絞ってみたけど画面で見た
だけでは判断できなかったので、
プリントしてみた。


ディスプレイだと良く見えるのだ。
選んだ写真をスライドショーでループ
させて、それに音楽を載せて延々見たり
すると最悪だ。
傑作を作ったと勘違いしてしまうのだ。
紙にプリントするとアラがはっきり出る。


今回もそうで、イチ押しだと思ってた
ものがそうでもなかったりした。
全体の方向性も、最初に思っていたもの
とは少し違っていた。
でもなんか面白いので、もう少し詰めます。


1年が始まったな、と感じた1日だった。
嫌なことはたくさんあるけど。

年が明けて

新年、だいぶ明けました。
正月らしい呑気なことを書こうとして
いたが、能登半島地震があって
そういう気が一切無くなった。


2019年、(今のところ)最後の撮影旅で
回った場所だ。「なんて豊かな土地
だろう」と思った記憶がある。
黒い瓦屋根の美しい家屋が立ち並んで
いて、それは見事だった。
輪島の町も、隅々までよく覚えている。
上手く撮れなくてあちこち歩き回った
からだ。なので今の映像を見る度に
愕然とする。


その時の写真を何か出したいと思ったが、
途中でやめた。上手く言えないけれど、
それを僕がやるのは何か違う気がする。


これ以上寒さが厳しくなりませんように。
1日も早く普通の生活に戻れますように。