似たもの

母がコンサートを観に行くので、盛岡の
県民会館まで車で送って行った。
ずっと前から楽しみにしていて、コロナの
影響で一度延期になっていたものだった。
11時過ぎに着き、「それじゃゆっくり
楽しんできてねー」と別れた直後に母から
電話が。


なんだ、家の事で言い忘れた事でもあった
のかな、と思って出たら切羽詰った声が。
「チケット忘れた!悪いけど取ってきて!」
「……………」


これだよ、と思った。
岩手に帰ってきてから気付いたのだが、
僕と母は非常に似ている。
非常に綿密に、細かく計画を立てて行動
しようとするのだが、思い込みが強過ぎて、
出だしから大きく間違っている事がある。
結果、根本の一番大事な所で失敗する。


思い込みが強過ぎて周りが見えなくなる。
無理やり突破しようとして潰れる。
無理だと思ったら人に頼れば良いのに、
変な気を遣って逆に迷惑をかける、という
僕の短所。あまりに苦しくて30年かけて
なんとか直そうとしてきたその欠点の
いくつかを母に見つけた時は、何とも
言えない気持ちになった。
人のせいにしてる訳では無いですけどね。


母の場合、同情すべき点はいくつかあって、
一緒に観に行くつもりだった仲の良い方が
急に体調を崩して行けなくなったりとか、
家を出る寸前になって色々突発で起きた
とかあった。それは分かる。


でもね。前日から気にしていたのは「早く
行き過ぎると時間を潰す場所が無いから
どうするか」だったのだ。まずチケットを
確認しとけや、という事なのである。


とにかく急いで家に帰る。片道20km弱、
開演まではあと1時間足らず。
運転が下手だから事故を起こす訳には
行かない。焦らないようにスマホから
お気に入りのラジオ番組を大音量で鳴らし
ながら車を走らせた。


家に着き、チケットを探すが見つからない。
母に電話するが、なかなか出ない。
何してんだよ。携帯持って待ってろや!
やっと繋がり、チケットを見つけ、急いで
車に乗る。4号線に出た所で母から電話が。
「あのね。係の人に聞いたらチケット無く
ても大丈夫みたいだよ」
我慢の限界に達する。
「いいから!いま持ってくから!」


今さら何を言うか。気を遣う所が違うんだよ。
怒鳴ったら母がコンサートを楽しめなくなる
からな、と思ってずっと我慢していたが、
この一言で限界に達した。
更に15分後。盛岡に入ったので電話したら
今度はこうだった。「やっぱりチケットが
無いと入れないみたいなのー」


……そりゃそうだろ。いくらなんでもこの
ご時世に「チケット無くてもいいですよー」
なんて言う訳ない。また思い込みで話を聞き
間違えたんだろうな。
そういうとこですよ母さん。俺もだけど。


段々笑いがこみ上げてきた。
なんか憎めないなあ。一生懸命なんだよ、
悪気は一つも無いのよ。ずっと楽しみにして
毎日頑張ってきたんだし、怒らなくてもいい
じゃない。もうやめよう。


県民会館に着いたら本当に申し訳無さそうに
母が待っていた。僕は笑ってチケットを渡した。
「転ばないでね。楽しんできてねー」
幸い、1曲目の途中から入れたようだ。
かなり楽しかったらしい。良かったよかった。


明日も休みです。朝から1日盛岡で撮影して、
帰りに大学でちょっと作業するつもりです。
コロナの感染者が急激に増えているので
注意しながらやってきます。