間違ってはいない

今週も同僚に実験を仕切られていた。
歳上だし、化学の仕事の経歴も実績も
僕より上。しかも今僕がやっている
実験を、かつてやった事がある。
素直に聞くしか無い。


自分と違う意見を聞き入れないところ
がある人なので、こちらの意見は片っ端から
はじかれた。サンプルの量、溶液の濃度、
道具、方法全てだ。


しまいには僕に断りなく実験装置の
設定を変えたりし始めた。
ある時ちょっと目を離したら、とんでも
なく高い温度に加熱されていた。
これは危ない。


昔の僕なら烈火の如く怒っただろうが、
落ち着いてこう尋ねた。
「温度、250℃に上げるんですか?」


「え、150℃ですよ?」と答えたので
実験台に連れて行って装置を見せた。
操作ミスを認めて謝ってくれたので、
怒らなくて良かったと思った。
昔はこれができなかったんだよな。
滅多にミスをしない人だが、誰だって
そういう事はある。


それでも仕切りは収まらない。
次の実験では溶液を濾過して使う事にした
のだが、その濃度は今の2倍に、濾過する
濾紙は一番目が細かいもので大丈夫、と
主張された。粘度が高いので濃度は1.5倍
くらいにしておいて、一番目の粗い濾紙を
使った方が、という僕の意見は受け入れて
もらえなかった。


誰の実験なんだよ。たとえ間違っていても
それで学べばいいだろうにと思ったが
黙った。ここは、全て言う通りにしよう。


結果は、ほとんど濾過出来なかった。
減圧装置を強力なものに変えてもダメ。
納得するまでやろうと長々やっていたが、
そのうちに液が固まり始めた。
ここまでだな、と思ってこう言った。
「無理ですね。濾過せず次に進めましょう」


水飴状の液をガラス板に広げて延ばすのだが、
粘度が高すぎて上手く広がらず、いつもより
ムラができた。僕のやり方が悪いと思った
のか、同僚が手を出したが変わらなかった。


「次に進めた方が良くなると思いますよ」
と言って作業を止めた。デシケーターに入れて
減圧すると液が広がるからだ。
少しは良くなったが、均一とは言い難い。
濾過も無理だったし、濃度も濃すぎたのだ。


「濃度が濃すぎたんですかねえ」と言われた
ので、こう答えた。
「このサンプルは元々粘度が高いので、少し
薄めても良かったと思いますよ」
でもそれは、その同僚が教えてくれた事
だった。濃度2倍にこだわり過ぎて、
見失っていたのである。


しばらくして外に出た。息を吐く。
予想通りだったが「だから言ったじゃ
ねえか」とは思わなかった。
「俺は間違ってなかったんだな」と思った。


相手がどんなに権威がある人だろうが、
自分より優秀な人だろうが、その人達に
何と言われようが、違うものは違う。
よく物を見て、話を聞いて落ち着いて、
考えに考えた末の結論ならば、僕は
間違ってない。臆する事は無いのだ。


そう思って、少しホッとしたのである。
それがなかなか出来ないから困るんです
けどね。