とりあえず続く

僕が今作っている物質はある用途で実用化
しようという目標があって、その為には
幾つかのスペックをクリアする必要がある。


が、ここまで作ってきた物質「砂1号&
2号」は、スペックをクリアするどころか
まず溶媒に溶けないという致命的な欠点が
ある。
で、教授からはこれは使えないかな、と
言う話になり、とりあえずデータとして残す
為に必要な分析やら処理だけ終わらせて、
まとめようという事になったのである。


そこでここ2週間くらいその作業をやって
いたのであるが、残った作業が大学院生に
お願いしないと出来ないものばかり。
その院生はここ最近学会やら何やらで
忙しく、ちょっと頼めそうにない。
1週間くらい何もできない毎日が続いた。
この仕事に就いて、初めてイライラが
溜まった。動きたくても動けないのだ。


暇で仕方ないのでその次にやろうと思って
いた実験を先にやろうと思い、論文を検索
して読み始めたのだが、その中の1本を
読んで愕然とした。
「これ、俺がやろうとしてた実験だ…」


扱う物質も一緒、やろうとしていた反応も
全く一緒。その先の検討も勿論同じ。
これは初めての経験だった。
僕がやった事のある実験は、出発物質が
全て研究室で生まれた独自のものだった
ので、誰かと完全に被る事は無かったのだ。


先が見えなくなってしまった。
道がパッタリと途絶えてしまった。
あとはもう、全く違う所から攻めるしか
無い。
でも、よくある話である。世の中には
同じ事を考えている人が何人もいる。


すぐ教授に連絡したら「とりあえず同じ事を
やってくれ」との事。それをやった後、他の
出発物質で同じ反応をやって、それと比較
するから、と。なるほどな。
でも、他人のコピーか。うーむ。


しゃあねえか、と思い準備をしていた所で
ふと思い出す。砂1号の反応条件であと
1つ、試してみたかったのがあったのだ。
どうせ何もできないのだから、あれを
やろう。ダメで元々だ。


で、昨日の金曜日にやってみた。反応中に
もう1つアイデアが浮かんだので、それも
試してみた。そしたら出来上がった砂1号が
なんかいつもと様子が違う。
あれ?何だか溶け易そうだぞ。
これは、上手く行ったのでは?


……いやいやいやいや。待て待て待て待て。
乾燥したらまた素性が変わるかもしれん。
いい気になるなよ、と自分に言い聞かせる。
夕方から乾燥を開始して、今朝休出して
確かめに行った。


乾燥品を取り出してサンプル瓶に小分けし、
ある溶媒を入れる……溶けた!室温で
あっさり全部溶けた!上手く行った!!
「うぅぅうぉっしゃあっっっ!!」
恥ずかしながらまたしても、大声を出した
のである。これで仕事が先に進んだ!
すごく嬉しい。


1日でも早く結論を出したかったので、
そのままお昼までかけて再結晶まで
終わらせた。あとはこれを濾過して乾燥
すれば精製品の出来上がり。
これの溶解性が良ければとりあえず成功だ。


あまりに嬉しかったので家に帰って家族に
話したのだが、いくら説明しても
「はあ。あらそお」だと。
うーむ。仕方ないけど、なんだかなあ。