イップス

高校で硬式野球部に入ったのだが、
1年の夏過ぎからキャッチボールが
できなくなった。


とんでもない所に暴投したり、投げて
すぐ真下でワンバウンドしたり。
遠投はできるのだが、近距離のキャッチ
ボールがうまく出来ない。
肩は強くないけどコントロールは良い方
だったので、すごく戸惑った。
キャッチボールが怖くなった。


それ以外の事情もあって僕は1年の
秋で野球部を辞めたのだが、その後も
ボールは投げられなかった。投げると
すぐ足元に落ちるか、とんでもない方向
に飛んでいった。痛みもあったので
病院に行ったが、原因は分からなかった。
もうボールは投げられないのだなと
思った。


それからずっと「肩を壊した」と
思っていたのだが、昨日ネットで
イップス」という言葉を知った。
運動障害の一つで元々はゴルフから
出てきた言葉らしい。
ピッチャーが四球・死球を恐れる
あまりコントロールできなくなって、
それが原因で引退する選手もいるとか。
投手以外でも、捕手が投手に返球
できなくなるとか。その症状、そこに
至る経緯を見てびっくりした。
全く同じだったのだ。


思い出してみると肩痛はだいぶ後で、
硬式野球で無理な投げ方をしたから
痛くなっただけだと思う。本当の原因は
これだ。


更に驚いたのはイチローもそうだったと
いう事で、元日本ハムの稲葉との対談を
読んで、そこに至った状況がすごく良く
分かった。僕なんか比べ物にすらならない
けど、あれ程の選手でもそうなるんだ、
と驚いたのである。


当時僕のキャッチボールの相手は先輩か
監督で、暴投してはいけないという気持ち
がもの凄く強かった。
しかも僕はチームで一番下手くそで、
何一つまともにできなくていつも怒られて
いたし、何をやっても冷笑されていた。
同級生の中でも居場所が無くて、完全な
落ちこぼれだった。


キャッチボールすらまともにできないと
なったら、もうどこにも居場所は無い。
そのプレッシャーはとても大きかった。
そんな状況が影響していたのだな、と
初めて気付いた。


その後野球をする機会は何度もあった。
打つのは楽しかったけれど、ボールを
投げるのはずっと怖かった。
今はだいぶマシになったが、昔の
ように思いきって投げる事はできない。


深層心理が関わっているので、何をどう
したら治るのか分からないようだ。
僕みたいに呑気で適当で鈍い人間でも
そんな事になるのか、と驚いている。
誰にでも起こり得るんだな。


いま現役でプレーしている選手達は
もの凄く辛いと思う。どうやったら良い
のか分からないだろう。乗り越えた
人達もたくさんいるから大丈夫ですよ、
と伝えるのが精一杯だが、心から
そう思う。


僕に関しては昔の事だし、悲しくはない。
当時は自分を責める言葉しか思いつかな
かったので、そうじゃないぞと34年前の
自分に声をかけてやりたい。
「でもまあ、野球を辞めたからその後の
色んな人生があった訳だからさ」
‥‥‥‥ダメか。