名犬ロック

アベルを鳴らす。「赤バイクでーす!」
返事は無い。玄関脇のガラス戸が開いて
いるから、家に誰かいる筈なのだが。
もう一度鳴らす。返事は無い。


どうしよう、不在通知入れるのもなあ。
また来るか、と思った所で家の裏から
白い犬が出てきた。ロックだ。
ここは、もう何度も書いてきた
よく吠える犬、ロックの家なのだ。


ちょうど良かった。ロック、吠えてよ。
そうすれば奥さんが気付くから。
「………」
だまーって僕を見ている。あれ?


門の上からロックを見る。吠えない。
ただ僕を、じーっと見ている。
「あのさ、ロック」
「…………(じーっ)」
「今日ね、書留があるんだ。お母さん、
 呼んでくれないかな」
「…………(じーっ)」


犬にこんな事を頼むのはおかしいのだが、
こいつは何か分かってくれそうな気が
したのだ。
「ロック、そこの空いてる戸からさ、
 呼んでくれない?お願いします」
「…………(じーっ)」


何言ってんだ俺。分かる訳ないか、と
思った瞬間に、ロックが空いている
ガラス戸に向かって、てくてくと歩き
出した。ええええ、分かるの?
戸の前でじーっと中を見ている。
吠えない。……ダメかあ。


その時、中にいた奥さんが気付いて
出てきた。「ごめんねー!」
ああ良かった、ではここにハンコを、
と言ったところでロックが吠え出した。
「ワンワンワンワン!」
今吠えても遅いって。


ハンコを押そうとする奥さんを邪魔して
頭を叩かれた。いつものロックだ。
「いつも吠えてごめんねー。こいつ
バカでねー」


いえいえいえ。この人、頭良いですよ。
時々、僕を見て「ニッ」と笑うし。
とぼけているけど、言葉も分かるんじゃ
ないかな?ほんとに。さっきもね!
………と言いたかったがやめた。
頭がおかしいと思われるに違いない。


奥さんが家の中に戻った所でロックに
お礼を言う。
「ありがとね、助かったよ」
「…………」
一瞬、ロックがニッと笑ったような
気がした。