春の犬

配達してたら犬が飛び出してきた。
僕の顔を見るといつも憎しみを込めて
吠える小型犬ムギ。今にも飛びかかりそうだ。
わあ、困ったなあ。


すぐに飼い主が出てきて謝った。
「ごめんなさいね。でも、噛まないから」
何度も何度もそう言った。


......そんな事無えっすよ。
俺、噛まれたもん、こいつに。
お宅のおばあちゃんが落とした財布を見つけ
たので届けに行ったらさ、こいつが出てきて
噛まれたの。「恩を仇で返す」ってのはこの事で。
奥さん。馬鹿っすよ、この犬。


.....なーんて口に出せる訳も無く、曖昧な笑みを
浮かべてその場を去る。あの犬、飼い主の見えない
所で俺を睨みやがって。腹立つー。


その後毎度おなじみの犬、ロックの家へ。
「おーい、ロックさん。おはよー」
いつも吠えるはずのロックが静かだ。
「あれ?」と思って見たら、塀に頭を乗っけて
ぼーっと外を見ている。ホケーっとしている。


あまりにも間抜けな顔なので膝からがっくり落ちた。
思わず笑ってしまった。なんちゅう顔してんだお前?

「ロック、どうした?」(ほけー)
「今日はあったかいねー」(ほけー)
「何かあったのかい?疲れてるの?」(ほけー)
「.......春だね、ロック」(ほけー)


そうだ。犬にも春が来たのだ。
イライラするやつもいればホケーッとするやつもいる。
少し楽しい気分に戻って、またバイクを走らせた。