ヌシよ何処へ

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配達している区域に住むお気に入りのネコ、
「ヌシ」がいなくなった。


「飼い主さんが改築で引っ越したみたいですよー」
と聞き、配達の合間に見に行った(仕事せえよ)。
が、家は既に取り壊しが始まっており、ヌシの姿は
無かった。



前にも書いたが、ヌシと出会ったのはこのバイトを始めた初日だった。
声をかけても、バイクで近寄っても、ピクリとも動かない。
道の真ん中で「お前がよけろよ」とばかりにグテッと寝転がっている。


ちょっと感動した。
「そうか、こいつがこの土地のヌシなんだ。こいつの方が
僕より偉いんだ」と思い、勝手にヌシと名付けた。


いつ会っても道の真ん中で大きな面して寝転がっていて、
たまに隣りの家の門で爪を研ぎ(!)、配達しに来た僕に
「おーう、何しにきたんだよー」とばかりに体当たりしてきた。
会う度に大笑いしたり、「何してんの」と突っ込んだり、
何だかうらやましく思ったりした。
こいつに会うのがこの辺を配達するときの楽しみだったのだ。
だから、会えなくなるのは困る。


改築だから飼い主達はいずれ帰ってくるのだが、ヌシが帰ってくる
とは限らない。こいつは元々野良猫だったのだ。
ある日突然やってきて、勝手に住みついたらしい。
元からいた飼い猫を押しのけて、「ワシ、今日からここに住むから」
と居着いてしまったのだ。なので「ワシ、もう飽きたから」と
いなくなってしまう事もあり得る。


雨の中、取り壊されていく家を眺めながら、「早く建ててくれよ」と
思った。ヌシがどっかに行ってしまう前に、早く。
今度あいつに会ったら、僕は泣いてしまうかも知れない。