ヌシの花

このブログでも何度も書いてきた、ヌシと
いう名の猫を、随分長い間見ていない。


最後に会ったのは一昨年の夏の終わり
だったろうか。とある家の(飼い主では
ない)、玄関先で寝ていた。
フサフサしていた毛は随分抜けて、地肌が
あちこち曝け出ている。
「おう、ヌシ。元気だったか?」
と声をかけたけれど返事は無かった。
以前ならめんどくさそうに「ニャ?」と
一声あげたのに。


「長くないな」と思った。だいぶ老いた。
でも悲しみは無かった。
曝け出た痛々しい地肌を見ていると、
早く楽になればいいのになと思った。


それから長い時間が過ぎた。
ヌシの住む辺りを僕が配達することは
最近あまり無いので、奴に会う事は無かった。
今年の梅雨、久々にその区域を配達したら、
いつもヌシが寝転っていた辺りに、
見た事の無い花が咲いていた。


深く綺麗な青色の花。僕は花の名前に
まるで疎いのだけれど、この場所でこんな
花が咲いたのを見たのは初めてだった。
ヌシがいつも寝転がっていたあたりに、
ハッとするほど美しい花が咲いていた。


「ああ。あいつの花だな」と思った。
何の根拠も無いけれど。
ヌシ、居なくなったんだな。
楽になったかな?だったら良いけど。
バイクを降りて、花の前で一礼した。
ありがとう。楽しかったよ。


ヌシの花は、それからしばらくして全て
刈られてしまった。雑草の深い緑と鮮やかに
青い花。あの美しい景色は、もう無い。
でもまあ、あいつしぶとかったしな。
ちゃっかり来年も咲くんじゃないかな。
「刈り取ったのにまた生えてるよ!」
なんて近所の人に言われながら。


だったらいいな。ヌシ、またな。