10年前のこと

10年前の6月30日は、朝から大雨だった。
安物のスーツはびしょ濡れ。
慣れないもの着るから雨が降るんだよなあ、
なんて思いながら会社に向かった。
今日はサラリーマン生活最後の日だ。


工場なので朝8時から全体ミーティング。
そこで挨拶する。「今日で辞めます」。
工場の朝は忙しいので、邪魔しないよう
簡潔に終わらせる。思い出話なんて
迷惑になるだけだ。
語りたい事なんてもう何も無いし。
ありがとう。さようなら。


その後総務部と打ち合わせ。退社手続き色々。
見た事も無い額のお金が、僕の口座に入った。
でも当分、少なくても1年は働く気無いし。
金額も予め調べてたし。
驚きは無く、そんなもんかと思った。


それから各部署を廻って挨拶。
面白いもんだ。仲の良かった部署や人達は
すごく惜しんでくれたが、仲が悪かった、と
言うか何度か衝突した所はまあ冷たいもんで。
でもさあ、あんたらが怒った原因は全くの
誤解なんだけどね。どうでもいいけど。


鳶職の人達や溶接工さん等の職人さん達が
「なんで辞めるんだよ!」と言ってくれた
事が何より嬉しかった。
それだけでもう、十分だ。悔いはない。
本当にお世話になりました。


2つの工場と駅前の本社を廻ったが、
11時前には全て終わってしまった。
さあ、さっさと出て行くか。
最後にもう一度自分の部署に挨拶して、
会社を出た。これで終わりかあ。
14年も居たのに、あっけないものだな。


正門を出てバス停へと向かう途中、
ポケットからカメラを取り出して撮影した。
会社の前の運河と船と、これから向かう道を
撮った。雨はすっかり上がっていた。
さあ、早く帰って撮影に行こう。


こうして僕は写真家になりました。
今日で10年です。
退職金を使い切った頃に「BLACK DOCK」
が出来上がりました。
でも、あの時撮った写真は下手くそで、
全く使えませんでした。
そんなもんだ。