葡萄と義時

3連休最終日。
朝から赤沢という所にある産直へ。
紫波町は葡萄が名産で、ここ赤沢の産直は
品数が多い事で有名である。
昔からお世話になっている釜石の知り合いと、
横浜の友人宅に贈ろうと思って今年も
やってきた。が。
今年は天候不順で、葡萄が殆ど無い。


贈答用の葡萄は箱の中の葡萄が一房ずつ
袋に入っていて、それじゃないと
宅急便に載せてくれないのだが、
それが殆ど無い。例年山程積まれて
いるのに、数時間待っても5、6個。
あっても一箱に葡萄は1品種だけ。
しかも人気が無いやつ。いつもなら
一箱に数品種入っているのに。


3連休初日に来て、すぐ異変に気付いた。
棚がすっからかんで、補充も無い。
いつもと違う。これは値段とか気にして
いる場合ではない。ライバルも多いから、
来たものをすぐ買うしかないぞ。


そしたらしばらくして1個だけ、数品種
入った箱が出てきた。
すぐキープしたが、母が難色を示す。
高すぎるだとか、他の品種もあった方がとか。
いやいやいやいや、そんな事言ってられ
ないよ、と説得したのだが聞いてくれない。
やむなく棚に戻したら、あっという間に
他の人が持って行った。その後、補充無し。
だから言っただろ。


段々、母に対してイライラしてきた。
状況を分かってくれよ。品物が無いんだよ。
金額云々じゃない。良いものならすぐ
買わなきゃ無くなるんだ。こだわってる
場合じゃない。グッと抑えて言った。
「母さん、今年はいつもと違うのです。
多分もう、葡萄は来ない。値段とか以前に
品物が無いのですよ。ここは即座に決断
せねば、葡萄を得ることができないのです」
「でもちょっとあれではねえ」
「そういう事を言ってる場合では無いのです!」


「釜石の皆様にはいつもお世話になっている
ではないですか。昨年も、この不漁の中
沢山の秋刀魚を贈っていただいて。
あれだけのものはなかなか手に入らない事は
お分かりでしょう。そのご恩へお返ししたい
ではないですか。少々の金額を気にしている
場合ではございませぬ。
次に来たら何が何でも確保しないと、
先はありませぬぞ」


大河ドラマ北条義時が頭に浮かぶ。
違うんだよ時政さん。
「じゃあ佐比内の産直も見てみよっか」
「(首を横に振る)いえ。昨年も見ましたが
 佐比内は赤沢の比ではございません。
 赤沢に無いものは佐比内にも無いと思われ」
……ちょっと「北の国から」も入ってきた。


それでも母が渋るのでダメ押しする。
「いいですか。釜石の皆様は……」
「もういい。分かったって!」
僕は静かに、暗くうつむいた。


結局買わずに初日終了。家に帰って
昨年送った葡萄の金額を確認したら、
今日見たものとほぼ同じだった。
僕の中の義時が更に大きくなる。
「もう、任せてはおけぬ」
翌日も早い時間から赤沢に出かけたが、
やはり同じ。何も無い。


そして今日。朝9時から出かけたが
状況は変わらず。
もう無理だな、帰ろうかと思ったところで
母が言った。
「最後に佐比内を見て行かない?」


再び義時が顔を出しそうになったが、
どうせ無理だからいいやと思い、
行く事にした。案の定、こちらも大混雑。
ほら見ろ、と思ってたら……あれ?
贈答用の葡萄がたくさんある!


母に中身を見てもらう。品質も大丈夫だ。
直ちに確保して、釜石と横浜に送った。
諦めていたので嬉しかった。
ああ、ホッとした!良かったあ!
……いやいや、その前に言わねばならぬ事が。
「母さん、すみません」


知ったかぶりして偉そうに指示して
すみません。僕、分かってなかったです。
義時じゃ無かったです。厚博でした。